【絵の悩み】絵を描く方法が間違っていたから作品を削除した話と、その後の挫折 | 内向型人間の知恵ブログ

【絵の悩み】絵を描く方法が間違っていたから作品を削除した話と、その後の挫折

サムネイル:書き捨てられた紙くず

絵、描いてますか?
楽しいですか?
続いていますか?

私は、足をとめています。
それまでの投稿を自分から削除して、それっきりです。
どうして削除するに至ったのか、その経緯と今を知って欲しくて書きました。

前提:ここでいう「絵」とはイラストのことで、例えばPixivの大半を占めるデフォルメ(萌え絵)のタイプです。

どうして作品を削除したか

私には自信がありません。
絵を描いても下手な所が気になったり、上手い人と比較して「こんなものじゃ評価に値しない」と消したくもなりました。
でも、このとき削除した理由は違うものでした。

「絵の描き方」が間違っていることに気づいたからです。

私は画力が未熟だったので、模写での練習が大半を占めていました。
上手くなりたくて、たくさん模写をしました。

今はインターネットのおかげで、資料という名の模写素材には困りません。
そのうち、一つの手法を思いつきました。
それが「加工模写」でした。

元の写真やイラストのポーズをそのままに、キャラクターを置き換えたり、髪型や衣装を変えるものです。
楽しいし、完成させられるし、積み重ねれば力になると信じていました。(注1)

イラストのルールとしては、トレースや模写による「同じ見た目のもの」はアウトだと思っていました。
つまり、「自分の目で見てコピーでなければ、手法の一つ」だと考えていたのです。
(だから、「模写です」と書きませんでしたし、「評価されるために「オリジナルです」と偽ったこともありませんでした)

ところが、この手法は「著作物の改変」に該当することを知りました。
不安障害の私は、指摘されるかもしれないことが怖くて。
完璧主義の私は、「それは自分の力で描いたとは言えない」と戒めて。
私は誰に何も言われることなく、自主的に削除したのです。(注2)

未熟ながらに自分でポーズを考えて描いた作品もありましたが、すべてゴミのように思えて、全部消しました。

「じゃあ公開できるようになるまで練習すればいいじゃないか」と思いますか?

再出発をしようとする私を、かつてない苦悩が襲いました。

(注1)これはインターネットを通した場合の話です。
一人での練習や、直に友人に見せるようなシチュエーションでは言うまでもなく合法です。
(注2)トレパクだ何だと炎上する事件が起きますが、「著作権違反かどうか」は裁判所が判断することで、加えて、「似ているかどうか」を争うので手法の違い(模写かトレースか)は関係ありません。豆知識。

泣きっ面に蹴り

ベースになるものを何も見ずに描いた場合、自分の下手な絵を見たくなくてやめてしまいます。
だから練習として模写を選びました。

改変した作品は公開できなくなりましたが、上手くなるためなら、それで評価されるのなら、手元での非公開な練習も耐えられると思いました。
その希望は、すぐに打ち砕かれます。

脳裏に一つの疑問がよぎりました。

描こうとしたときにイメージできるのは「見たことあるもの」なのに、それを描いたらパクリになってしまうのでは?

この疑問を身近で訊ける人がいないので2chに書き込みました。
藁にもすがる気持ちでした(Fig1)(Fig2)。

写真をベースに別のキャラに置き換えてかいたりしてたんだけど、それが著作権的にダメなんじゃないかって気づいて、そういう模写が上達につながってると信じてたからポッキリ心が折れた。

間違いに気づいて作品を削除するまでの経緯は、すでに書いた通りです。

Fig1.当時の2chへの書き込み(1)
Fig1.当時の2chへの書き込み(1)

習作を積んでから自分なりに描こうとしたとき、経験のベースは写真や他人の絵だと思うんです。
本番は経験にないポーズやアングルを選ばないと、直接見ていないだけで模写と変わらない=アウトな気がします。
習作を描けば描くほど、描きたいものがブラックリストに入るということになりませんか?
たくさん描いて、元絵が明確でなくなるくらい経験がごちゃまぜになれば「身についた」と言えるんでしょうか?

Fig2.当時の2chへの書き込み(2)
Fig2.当時の2chへの書き込み(2)

(「習作」と書いていますが、「模写として練習したもの」というニュアンスで読んでください。)

ポーズや構図、演出の引き出しを増やすためにたくさん絵を観たり、模写をしてきました。
気に入った構図であればずっと印象に残ります。
でも、印象的な要素(ポーズ、構図、表情、髪型)を描くということは、「同じか、似ているものを作る」ということです。

それって、「隣に写す対象(絵・写真)がないだけで、やってることは模写(模倣・複製)と同じ」なのでは?

例えば、この撮影した画像(Fig3)のように「脚を伸ばして座っている女性」に近い画像をたくさん見て、たくさん模写したとしましょう。
その経験をもとにして、女性を見下ろしたり、見上げたり、背中側から女性が振り向いている様子を絵を描いたとしたら、それは「自分の力で描いた」と言えると思います。
(脳内で女性を立体的に捉え、カメラアングルに併せて見え方を再構成するから。)

Fig3.脚を伸ばして座る女性の絵
Fig3.脚を伸ばして座る女性の絵
引用:林晃(ゴー・オフィス)、スーパーキャラデッサン 印象に残る意図するデッサン、グラフィック社、2007年発売、ISBN978-4-7661-1798-1、P66-67

では、画像のようなカメラアングルで、「脚を伸ばして座っている女性」の絵を何も見ずに描こうとしたら、どうなりますか?

私は怖くて描けません。
「脚を伸ばして座っている女性」の元絵を(あいまいでも)イメージできてしまうため、「同じカメラアングルで描いてはいけない」と脳がブレーキをかけます。
(座っている絵は、「人間が座ればこうなるだろう=ポーズに著作権はない」と考えることができそうですが……)

「脚の形が違っていればいいじゃん」と思いますか?
元絵を知ってて一部を変えるということは、私にとっては誤魔化しのように感じてしまいます。
「バレないように変える」という行為は「できない」のです。
(マジメすぎて苦しい)

では、次の画像のようにポーズを取った「印象的な絵」だった場合はどうでしょうか(Fig4)。

Fig4.ウエストショットでポーズをとった女性の絵
Fig4.ウエストショットでポーズをとった女性の絵
引用:林晃(ゴー・オフィス)、スーパーキャラデッサン 印象に残る意図するデッサン、グラフィック社、2007年発売、ISBN978-4-7661-1798-1、P50-51

この場合、私は「ウエストショット」という広すぎる範囲以外には、何一つかぶってはいけない気がします。
大きな特徴は、上げた両手の形(指先まで)と髪の流れでしょうか。
日陰を作るような右手の配置は、もう使えません。
長い髪の流れも、髪型が近ければ結果的に似てしまうのでNGです。

これが、私の主張する「ブラックリスト」です。
見れば見るほど、描けば描くほど、選択肢が減ります。

書き込みへのレスをいくつか引用します(Fig5)(Fig6)。

人間のスタンダードなポーズなんてどんな時代でも不変だし、それの見せ方を工夫したり演出するのは各人のセンス次第ではないだろうか
ポーズのあるあるネタをあまり恐れなくていい気がする

トレスOKのポーズ集がいくらでもあるんだから心配なら買えばいいんじゃないですかね?
別に折れる様な案件じゃない

人体の構造を理解すれば
描いたことのないポーズだって描けるだろ
ってか360度見舞わせる立体モノの構図を全暗記するつもりなのか?

むしろ無個性になるまでパクりまくって熟練してから言うことかな
現状は被写体に影響されすぎてて自分なりの翻訳すらできないわけだから

それと法的な問題は混同して扱うべきではないと思うよ

下手くそなやつが著作権がどうたら言ってるの見ると笑うw

Fig5.当時の2chのレス(1)
Fig5.当時の2chのレス(1)
Fig6.当時の2chのレス(2)
Fig6.当時の2chのレス(2)

(最後のは「余計なことは考えずに練習しろ」という意味であって、「下手なら模写(改変)を公開しても許される」という意味ではないと思いますよ。多分。)

「模写の経験がパクリにつながってしまうのでは」という疑問は、残念ながら解消できませんでした。
模写については練習としては肯定されていますが、あと10年も20年も独りで描き続けるのは……死刑宣告と同じです。

ひとつ気づいたことがあるとすれば、「被写体を決めるまでの流れ」に対する考えが違うことでしょうか。

私の場合、描きたいもの(好き・気に入った構図など)を写真のアルバムのように格納して、必要に応じて引っ張りだそうとしていました。
だから「描きたいもの=見たことあるもの=アウト」という式が成り立ってしまいます。

一方、3Dの人体をイメージしてポーズをつける人は「アルバムから取り出して照らし合わせる」手順がないように思います。
だからこそ「(暗記しなくても)描いたことのないポーズが描けるだろ=(何も見ずに)自分で考えてるんだから、かぶるかどうか知らねーよ」と不安にならないのでしょうか。

推測なのでこれ以上のことはわかりません。

行き着いた「今」

レスをもらってからの練習も、1ヶ月でやめてしまいました。

もっとひどいことは、著作権を気にして、2次創作を描くことが罪のように思い始めました
同人誌にしたいネタが3つほどあるのですが、すべてダメになってしまいそうです。

上手くなるためには練習をしなきゃいけないのに、練習するほど、未来の自分が描けるものが減っていく悩み。
描けなくなる練習なんて、誰がやるだろうか。。
夏のコミケも過ぎ、悔しさと羨ましさだけが残りました。

どうしてみんなは平気なんだろう。
PixivやTwitterに氾濫する2次創作、パロディ、写真を絵に起こしたもの……楽しんでいる人たちをよそに、自分は動けずにいる。

さいごに

ネットがなければ、資料を探すのは大変で、同じ趣味の人には会えないが、模写でも改変でも見てもらうことができました。
今はネットのおかげで資料はすぐ見つかるし、同じ趣味の人とつながりやすい環境ですが、模写・改変は著作権法に引っかかります。
自分の力で描ければなんてことありませんが、それだけの実力がなければ何も発信できない。
存在していないのと同じだ。

模写やパロディ、似ている要素への過剰反応が「創作の機会を奪う」と危惧する声もありますが、本当に描けなくなってしまいました。
精神的にも行き詰っていて、法律的にはオリジナル以外に道はなし。
完璧主義に毒されてる自分が憎い。
正直者が馬鹿を見る。
グレーゾーンでも平気な性格になりたかった。

このような悩みがどこにも見当たらなかったので書き残しました。
助かりたい。

【参考】
絵を描くとき、何かを見たり思い出したり影響を受けたりするのもパクリとされかねない風潮について – Togetterまとめ

模写はやっぱりダメなことですか