【雑記】Twitterで他者をフォローするのが怖い

サムネイル:Twitterの画面

Twitterで他者をフォローするのが怖いです。
ヒントを得ようとググりましたが、知りたいこととは違う話ばかりヒットしたので、それらとは異なる価値観の視点をメモします

Twitterに対する私の認識

・Twitterはタイムラインを受信したいアカウントを一方的にフォローできるサービスである
・無言フォローは、ただのフォローである(Youtubeのチャンネル登録をいちいち報告するのか)
・相互フォローはユーザが勝手に作ったルールである(明らかな有名人には求めないじゃないか)

 

知りたいこととは”違う”話

・友達付き合いは持ち込んでいないから、「言える・言えない」、「ブロックした・された」という悩みではない
・不特定多数に閲覧される恐怖ではない

 

なぜフォローするのが怖いか

私がTwitterでフォローするのが怖い理由は、二つあります。
一つは、フォローする行為が「売名・宣伝だと思われたくない」ということです。

何らかの公式サイトや団体、広く有名人だと知られているアカウントであれば、そういった感情はありません。

ただ、自分が興味を持っている分野で、かつ創作物を発信してしまっている場合……。
ファンとしてフォローしたいのに、同じ分野にいるばっかりにフォローが「売名・宣伝」だと思われる可能性があります。
それが怖くて仕方ない。

そんな話を聞いたあなたは、「自意識過剰だ」と思うかも知れません。
「あなたのことなんて誰も気にしてない」とも思うでしょう。

 

宣伝目的のフォローをされた経験

でも、宣伝目的でフォローされた経験しているので、ただの推測で済ませられないのです。
まったく関係のない別分野のショップや「画像まとめ」のアカウントからのフォローでした。

フォロバ(フォローバック:フォローしたんだから、そっちもフォローを返してよ)目的のフォローは、何日か放っておくと解除される率が高い。
それも当然。

フォロバしてもらえないなら、相手のフォロワー数を増やす材料のままでいるメリットが無い。
フォロワー数は、数字は、そのアカウントの「すごさ」の指標になるから。
だから彼らは解除・リムーブする。

それが、「フォロバしねーのかよ。使えねーな」と思われているように感じます。

たったそれだけで、心が反応してしまう。これが、自分がフォローしたときに「売名・宣伝だと思われたくない恐怖」につながります。

 

フォロー数の偏りはレッテルを貼られる

挿絵:シーソーと重さ

百歩譲って、「誰も気にしないから」とアカウントをフォローしたとする。でも、自分のアカウントには価値がない。
見せられるものがない。評価しようがない。

その結果、フォロー数とフォロワー数の差が開く。
そんなアカウントを見て、他者はどう思うか。

印象が悪い。「フォローされる価値のないアカウントなんだな」、と。

さっきと同じで、「そう思われる」可能性があるだけで、もう嫌だ。
だから、フォローすることで他人に知られてしまうことが怖い。
(スパム扱いだとか、凍結されるとか噂もあるが、公式のソースは確認できなかった)

 

さいごに

リスト機能を使って、知られずにタイムラインを受信していたこともあったが、リツイートやいいねで通知が行ってしまうので、そもそも見ることを辞めた。
他社のツイートで一喜一憂するのは疲れるし、時間の無駄ということもあって、リストもすべて削除した。

我ながらフォロー・フォロワー数の比率なんてくだらないことを悩んでいると、自覚はしている。

結局のところ、私は、周りの目が怖いのだ。
「マトモな人でいないといけないんだ」と決めつけていた。

今はもう、人知れず垂れ流すだけだ。評価されるかもしれない未来にすがることも辞めた。