自己否定の解決について考察するシリーズの第2回です。
第1回では、「生きづらさの原因は自己否定である」という私の体験と発見から、「自己否定とは何か」、そして「自己否定が引き起こす生きづらさの例」を考察しました。
▼第1回をまだ読んでいない方はこちらのリンクからどうぞ。
自己肯定感が育たない原因は?社会が見過ごす生きづらさの正体 【自己否定の考察 第1回】
第2回では、「自己否定の生きづらさから抜け出すためにできること」と題して、「自己否定をやめる」ために有効なアプローチを「自己肯定に結びつける」ことに活かすことを目指します。
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1.劣っているのは自分だけではないと気づく
街で見かける幸せそうな人や、画面越しで活躍している人。
それ以外に、私から見て軽率だったり軽薄だったりするのに働けたり、愛されたり、「人生で良いことがある人」がいます。
彼らは「他人の目」に怯えず、恐れず、やりたいことをやって、言いたいことを言えます。
自己肯定感があるから、「自分らしく生きられて、次の世代に託して死んでいける」。
「衝動や欲求に生かされていることを繰り返している」ことが人間の営みであり、人生の本質だと悟りました。
しかし、社会を回している「普通」の人もまた、完璧ではありません。
彼らは自己否定をしていないがゆえに「欠点があっても無自覚」か、または「欠点さえも受け入れて」います。
劣っているのは自分だけではないのです。
だから、生きづらさから抜け出すために「欠点があっても自分らしく生きている彼らの姿」は、「自己否定をやめるメリットの根拠になる」と考えました。
自己肯定感が高い人は、喩えるなら「空を飛ぶ鳥」です。
彼らは、重力という概念も、それに逆らう筋力を有していることを自覚していません。
飛べることが当たり前で、その凄さも自覚していない。
私は”飛べない側”として、「彼らはなぜ飛べるのか」、「どうすれば自分は飛べるようになるのか」を考えて、言語化して、それを伝えたいと思いました。
しかし、自己否定の影響や苦しみに対する社会の理解は乏しく、支援や対策はおざなりで、「運の良かった人が社会を回している」のが現状です。
それに当てはまらない、私の手遅れの努力に時間を費やす生き方を客観的に評価すると、「人生とは虚しいもの」だと思う他ないのです。
自己肯定感という原動力を自身が持っていることすら自覚していない。
そして、社会に適応できなくて困っている人間なんて知ったこっちゃない。
これが”人間社会の限界”だと考えています。
2.心の余裕(≒お金)が必要

自己肯定感は「木」に喩えることができます。
本来であれば大きく、太く、高く成長していくものですが、幼少期に成長を阻害されると形は歪み、しなやかさは失われ、脆くなってしまいます。
これは社会では理解されていないことですが、「自己肯定感が育まれるには、安全・安心な居場所が必要」なのです。
例えば劣悪な環境にいた犬や猫が心を開くには、安全で安心できる環境が必要で、心が癒やされるには時間もかかります。
動物にはそうした配慮が必要だとされるのに、人間社会ではどうでしょうか。
生きづらさを抱えたまま大人になると、そんな居場所や環境は簡単には手に入らないことがわかります。
だからこそ、心の余裕が生まれるための代替品として挙げられるのが「お金」になります。
多くの人が、お金があることで安心しているでしょう。
お金はあくまでも「添え木」なので自己肯定感そのものではありませんが、何かに挑戦したり不安を乗り越えるには、「添え木」の存在は大きく、必要です。
特に心の余裕がないと、行動で変化を起こすことも考えを切り替えることも難しくなり、希望も気力も失われていきます。
そのような過酷な状況で社会に適合することを要求されても、実現できないのは当たり前なんです。
心療内科に通っていた当時、働けないのに短い診察で進捗を話すだけでお金が減っていくのはずっと不安でした。
とある漫画には「うつ病の治療にお金を処方すればいいのに」というネタがあるのですが、実際のところお金は「将来の不安を取り除くことができる」ので有効だと思います。
私は欲しいですよ。
自己否定やうつ病で自分を責めたって、心がすり減って気力を失ってしまうだけで、ますます成功や収入は遠ざかりますから。
引用元:ゆうきゆう/ソウ、マンガで分かる心療内科①、少年画報社、平成22年5月26日 初版発行、ISBN 978-4-7859-3380-7、P92
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3.柔軟な考え方をクセにする
大学卒業後にうつ病が酷かった頃、市で「若者の自殺対策フォーラム」が開催され、助かるためのヒントを求めて足を運んだことがあります。
(まさか自殺を考えるほど追い詰められていた若者が来ていたとは思うまい。)
登壇者は宇宙飛行士のエピソードを紹介し、「ミッションに失敗しても『そういうときもある』と気分を切り替える柔軟な考え方を身につける訓練をしている」ことを知りました。
それまでどん底だったうつ病の心では、自分の理想とする行動や考え方を持っていても「こうでなければいけない」という刷り込まれた価値観を優先してしまいます。
私は当時のうつ病から抜け出すために、失敗したりもっと良い方法を自覚したときに「まぁいいか。次は気をつければいい」、「そうなってから考えよう」と長い時間かけて、何度も繰り返しました。
積み重ねた自己否定によって染み付いた”クセ”は簡単に変えられるものではなく、理屈ではわかっていてもすぐには実践できなかったり、最初の一歩は踏み出せても長続きしないことは珍しくありません。
なので、巨石が転がり始めるまで押し続けるように、変化を加え続けるのです。
柔軟な考え方のクセがついて「自分らしさ」を実感できるようになって、「世の中の適当さ」の正体に気づけました。
「完璧なものなんてない」とか「誰もあなたのことを気にしてないよ」とか、悩んでいる人ならネット検索で見たことのあるアドバイスだと思いますが、生きづらさの解決に正論は通じません。
誰よりも苦しんでいるのが「刷り込まれた正論」を実現できない当人なのです。
4.ささいなことでも自己肯定する

極端な話をすると、「開き直る」ことができれば今すぐにでも悩みは吹き飛ばせます。
しかし、マジメな人がうつ病になりやすいという特徴が認められているように、刷り込まれた価値観を持ったままではそれは難しいです。
生きづらさから抜け出すためには、やはり自己肯定感を上げることに尽きますが、ここまで紹介してきた方法や考え方もその一部でした。
人間の価値観とは、ぶっちゃけた話が「思い込み」です。
自己否定は、言葉や経験を積み重ねて、積み重ねすぎた結果なのです。
なので、ささいなことでも自分を褒めていきましょう。
自分らしさを受け入れたり、失敗に対する柔軟な考え方ができるということは、「開き直る」ことと同じです。
「自分はダメだ」とか「生きてる価値がない」とか、そうやって自分を洗脳してきた回数と同じくらい自己暗示していきましょう。
その日何か達成したものがあったら、例えば日記などに「えらい!」、「すごい!」、「頑張った!」と付け加えてください。
出来事も、「いつもより早く寝た」とか「可燃ごみを出した」とか、「呼吸している」でも構いません。
「他の人にとっては大したことじゃないよね」とか、自分の外にある価値観に依存して、遠慮や答え合わせをする必要はないんです。
自分が人生の独裁者になっていいんです。
”他人の声のフリをした自分自身の恐怖”は、「俺がえらいと決めたんだから、えらいんだよ!」と跳ね除けるくらいがちょうどいいです。
これを無意識に・無条件にやっているのが自己肯定感の高い人だと思ってます。
人生はたった一度しかなく、それを自己肯定感に無自覚な他人に振り回されて台無しにされるなんて、我慢できないですよ。
まとめ
この記事では、まず「社会を回している人々」に注目し、「彼らとの違いは自己肯定感の度合いである」ことを示しました。
自己否定は、あなたが悪いのではなく、『積み重ねた洗脳』に過ぎません。
しかし、誰にでも欠点はあります。
完璧であることを求める必要はなく、完璧でない自分を否定する必要もないのです。
個々の得手・不得手を受け入れられるようになれば、それは「自分らしい人生」を歩むためのカギになります。
…ただ、お金に関しては自分一人でどうにかすることが難しく、「自己否定からの回復」と「責任を負える自己肯定感」の間の溝は深いのが現実です。
(自己肯定感の登山をしているのに、人間社会という浮遊大陸に飛び移れと言われているような気分になります。)
次回予告
もし自己否定を食い止めることができたら、どんな人生が期待できるでしょうか。
第3回の記事では、私が手に入れたい人生を送っている”自己肯定感の高い人”の特徴と、彼らの振る舞いから学べることを紹介します。
▼次回の記事はこちら。
自分らしい人生を歩むために。 諦めと悟りを背負って旅は続く 【自己否定の考察 第3回】
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