1.
今の自分は弱っていて、おそらく、ここを見に来てくれた人と似た悩みを持っていると思う。
「自分へ」ではなく「あなたへ」というタイトルでアドバイスできるような知識や経験、職業なら良かったんだけど、そうではない。
だから、まず自分自身へのメッセージということにした。
今日、他人から・検索にヒットした記事から、言ってもらえて、理解してもらえて、嬉しくて泣いた文章がある。
それを共有したかった。
2.
私という者は本当に、残念ながら「生きてる価値がない」と思っている。
それはやはり「社会のいう当たり前のことができないから」という価値観に他ならない。
就職とか、恋愛とか、結婚とか。
自分のやりたいこと、楽しいことをやるとか、行きたいところに行くとか、食べたいものを食べるとか、そういうこと。
「働いていない・働けない、収入のない30代の男なんて、社会的には何の価値も無い」と思っている。
転じて、「生きてる価値がない」。
心が限界だから、そういう結論に行き着くらしい。
3.
きっかけとなった記事を書いたときから、精神的にとても追い詰められていて、食欲は落ち、寝不足で、ずっとお腹を下していた。
母のことも、自分の今後のことも、あまりにも急で大きすぎる不安を前に「死んだ方が楽だ、その方が苦しみが少ない」とさえ思っていた。
(ひとまず、保健所の相談窓口で話を進めている。)
【関連記事】最後の抗がん剤治療/「親の死が通過点ではない人」について書き殴る _ 内向型人間の知恵ブログ – 2026.5.28
4.
「死んだほうが楽だ」
「生きてる価値がない」
そんなことを言うとね、価値観が正常な、歪んでいない人は「そんなこと言わないで」とか、「生きてる価値は誰にでもある」とか、泣く人もいる。
その考えは否定しないし、むしろ自分の命をないがしろにしているこの価値観こそが間違っていると思ってる。
でも、そういった言葉で自分の心がすぐさま切り替わることは、とても難しい。
これまで育った環境や、変えられなかった現実は、「生きてる価値がない」と思わせるのに充分すぎた。
5.
色んなことが怖いんだ。
「働くこと」と言ったって、そこに含まれる心配事は多い。
人間関係が失敗するのが怖い。
仕事に失敗して、怒られるのが怖い。
遅刻して、評価が下がるのが怖い。
休まないように、体調管理を怠れない。
仕事もして、家事も欠かさずやらなきゃいけない。
すぐに辞めるなんて、迷惑をかけることなんてできない。
ケガや事故なんてもってのほか。
すぐに思いつくだけでもこの7つがある。
6.
マジメで、責任感が強すぎて、すべてを”ちゃんと”しなければならないと思う。
失敗すれば怒られ、見捨てられるような環境で育ったから。
自己主張なんてできなかった。
大人しく、逆らわず、嵐が過ぎるまで静かにしているしかなかった。
「条件をクリアしなければ、自分には居場所がない」という危機感が常にあった。
だから、自分のマジメさや責任感は「自分を守るための防衛反応」から来ている。
「ちゃんとしなきゃ」
「正しくないと」
「迷惑をかけちゃいけない」
”普通の人”には、どうやらそこまでの強迫観念は無いらしい。
7.
ヒッチハイカーや動画配信者のような自信・自己肯定感を持つことができなかった。
「自分の人生をどう生きるか」を選べる人、自信のある人とは、どうやら根本的に違っているらしい。
それは高校生くらいからうすうす感じていて、でもそれが確信に変わったことが、一番ショックだと感じている。
これまでずっと「自分は劣っている」とか、「努力すれば追いつける」とか、独りで頑張ってきたのに、「そもそも無理だった」という現実が、「時間を無駄にした」とか、「意味がなかった」とか、一気に気力を奪った。
やはり20代と30代の半分をドブに捨てた後悔は大きくて、普通の人になろうと努力してきたのに、叶えることができなかった「無力感」は計り知れない。
うつを治すのも、社会のレールに戻ろうと自信の付け方を調べたり実践したり、考え続けて、
イラストだのブログだのプログラミングだの、趣味というより自身の「欠点を補うための努力」に費やしてきたのも、無駄だった。
結局は何も変えられなかった。
残ったものは、「何の成果も出せず、社会的に価値のない30代後半の男」。
そりゃあ「生きてる価値がない」と自分で評価を下すのは当然だった。
【関連記事】
自分らしい人生を歩むために。 諦めと悟りを背負って旅は続く 【自己否定の考察 第3回】 _ 内向型人間の知恵ブログ – 2026.1.9
(この2026年1月の記事では、自分らしく生きている「自己肯定感の高い人」に注目して、そこから学べることを考察した。ようやく前に進む方法を見つけられたのに、今はそれ以上の不安に負けている。)
8.
それでも何かヒントがないかとGoogle検索に「生きてる価値がない」と入力して、AIの回答や検索結果に表示されたページを読んでいく。
そうして、読んで泣いた文章。
「自分には価値がないんだ」と信じている方の多くには、
心の中の荒れ果てた土壌には
実は多くの可能性が眠っていることに気づいていないだけかもしれません。誰も耕してくれなかっただけで、耕し方を教わっていなかっただけで。
ちゃんと土壌を整えて種を撒いて水を与えたら、あなただけの花や作物が咲くかもしれないのに。
幼い頃、または大人になるまで何度も
「お前の土地には何も育たないんだな」
「お前の土地には何を植えても育たないね。」
「育たないのって、あなたに原因があるんじゃない?」
このように刷り込まれてきた方は
「きっとそうなんだろうな」と信じるしかなかっただけなのです。その思い込みと、周りからの言葉が呪いのように
自分に価値がない/人生を終わらせたいと思っている方へ
「育たない」という現実へと向かわせるのです。
そしてまた「やっぱり育たない」という信念を強化します。
こんな気質を理解してくれた人は、ネット以外には、母以外いなかった。
自信は育たず、家庭も崩壊し、就職活動を諦め、社会のレールから外れ、ハローワークや職業訓練を利用しても「自信がない」ことは理解されなかった。
育った環境に問題がなければ、世の中のエンジニアやクリエイターのように、何かしらの知識労働に就いていただろう。
人の役に立ったり、誰かを楽しませるものづくりができていたかもしれない。
この荒れ果てた土壌を、これまでも、これからも、自分独りで背負って生きていけるなんて思えなかった。
「なにもかもうまくいかない」「出来るはずがない」
「自分は無能だ」
そう信じればそうなっていく確率が上がるなら
逆もまた然り、なのです。「自分にも、望んだ未来が来るかもしれない」
「今度こそ、抜け出したい」
「次はうまくいくかもしれない」
「私だって愛されたい!」このような意志の力は、不可能を可能に変えるかもしれません。
自分の価値を信じることがどうしてもできないのなら、「価値」を作ればいいのです。
たった一度の人生です。
どん底まで落ちたのなら、一度とことんやってみる、というのもアリではないですか?
自分なりに必死に生きてきて
でもうまくいかなかった。もういなくなりたい。
誰も種を植えてくれなかったし、きっとこの先も…。
でも、こんな人生もういやだ!!
そう思ったのなら、人生を終わらせようと先急がずに
**私と一緒に種を植えてみませんか?
一緒に育ててみませんか?**
自分に価値がない/人生を終わらせたいと思っている方へ
そうだね。
まだ自分にはやりたいことがある。
生きてるうちに、成し遂げたいことがある。
今度こそ。
次こそ。
まだできることはある。
まだ諦めたくない。
自分の人生を取り戻したい。
普通の人のように、恐怖や罪悪感にとらわれすぎず、自分らしい生き方を自分で選べて、やりたいことをやって人生を楽しみたい。
そのためなら、少しはワガママになってもいいのかもしれない。
9.
一応、答えは出てるんだ。
「やるしかない」と。
自信がなくたって、不安ばかりだとしても、
絵なら描いて、完成させて、公開する。
自信がなくても、魅力がないと思っていても立ち止まらない。
そうでなければ、永遠に自分が納得できるタイミングなんて来ないと思う。
描くのは遅い。
ハッキリ言って下手だ。
流行にも乗れなかった。
10年以上費やしても自信がないせいで成長が遅い。
自分より若くて、精神的に健康で、評価され、上手くなっていく人ばかりだ。
それでも、自分が厳しすぎるだけで、決めつけてしまっているだけで、こんな自分の作品を好きになってくれる人が、いるかもしれない。
続けていけば、それが自分の土壌を豊かにするかもしれない。
10.
「生きてる価値がない」と思う。
もう終わってるとも思う。
誰かに助けてほしいと思う。
自分でどうにかしたいと思う。
疲れたし、休みたい。何も考えたくない。
今は、何もわからない。この先どうなるのかも。
でも、この引用の文章を読み返すたび、少し勇気がもらえるんだ。