1.
「親の死」が、まるで自分の終わりかのように感じる人は、どのくらいいるんだろうか。
母のがん治療は、これが最後の抗がん剤治療になる。
在宅介護か、緩和ケアに入院かを決めなければならない。
もう後はない。
色々祈ったのにな。
「俺が精神的・経済的に自立するまで死なない」という呪いのような願いは、叶わなかった。
母の知り合いに諭された。
俺が覚悟を決めるしかない、と。
俺が支えてあげるしかない、と。
他人が出来ることは無い。
助けてほしいけど、これが現実だともわかってる。
2.
心の強い人なら、親が死んだときは悲しいかもしれないが、立ち直れるし、生きていく力があるじゃないか。
俺にはそれが無い。
だから死なれたら困る。
嫌だなぁ。働けないからこうなっているのに。
それでも自己否定の概念を理解して、足りないものを埋める方法を知って、これまでよりずっと精神的には良くなったのに。
でも責任や失敗は考えたくもないくらい怖いまま。
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カネの悩みがなかったら、「親の死」だけを背負えばいいのに。
行き詰まっている自分の今後もなんて、重すぎて考えたくもない。
3.
今できることは「覚悟すること」。
そして「最後まで支えること」。
「最後まで支える」と母に伝えた。
本当に支えられるかどうかなんて分からないし、落ち込むしかないのに自分を保てるのかどうかもわからない。
怖い。
俺を支えてくれる人なんて、誰もいないんだから。
まだ俺が30代なのにジジババも死んで、父親も死んで、親戚とは疎遠で。
天涯孤独だ。
横のつながりなんて無い。
健全な人にとっては「親の死」が通過点でも、俺にとっては「終点」だ。
4.
アダルトチルドレンである自分の認知は歪んでいるから、「ちゃんと、自分で、できなければならない」という洗脳された価値観を母に向けてしまうことがある。
イライラしてしまうときがある。
余裕がないせいで感情をコントロールできない自分が情けない。
5.
不安が強くなると、体がこわばる。
緊張するのは嫌いだ。
気分が悪くなるし、体の中がぐちゃぐちゃになってる気がする。
食欲も失せるし、お腹の調子も悪い。
それが自分のせいだと自罰的にもなる。
つくづく、自分は弱い人間だと思う。
6.
このブログがちゃんと書けてカネになっていれば、どれだけ良かったか。
エロ漫画の一本でも描いてカネが入っていれば、どれだけ良かったか。
動画制作でもゲーム配信でも、家にいながらできることはあったのに、何も成し遂げられなかった。
始めることもできなかった。
自己否定、完璧主義、劣等感、学習性無力感、内向型、うつ、アダルトチルドレン。
失敗を恐れて挑戦しなかった。できなかった。
そのせいで15年をドブに捨てた。
人並みの自己肯定感があれば良かったのに。
安心できる環境があれば良かったのに。
支えてくれる人がいれば良かったのに。
失敗しても進み続けることができれば良かったのに。
今更それを理解して歩き始めたところで、やっぱり手遅れだったのか。
俺のことを「まだ若い」なんて言われるけど、10代、20代の内に生きている価値を見出だせなかったから、その先を生きていこうなんて思えないまま。
7.
何の自信も無い。
無職だ、ニートだ、引きこもりだとサンドバッグのように人格否定され、自分自身を虐待して、立ち直れるわけがなかった。
立ち直れなくてもカネになる方法があったのに、成果を出せなかった。
優しいとか真面目だとか言われても、何の役にも立たなかった。
母が死んだ後のことなんて、考えるだけで死にたくなる。
死にたくはないが、背負えない重圧から逃れるためには死ぬ以外の方法を知らない。
世界のことなんてどうでもいい。
脳が過剰に不安を増長させていると分かっていても、この感情も状況も自分にはどうにかできると思えない。
「悩みは人ごとに、家ごとにある」なんて言われても、乗り越えられる自己肯定があるかどうかは別だ。
自己否定が深刻だと「失敗=死」と思ってるから希望なんて無い。
普通の人間になりたかった。
この社会で生きていける自己肯定感を持っていたかった。