子どもの頃、「将来の夢」を訊かれたことは誰でもあると思います。
私にも「なりたいもの」はあったけれど、「なれる」と思ったことは一度もありませんでした。
自分の置かれた状況から抜け出したかったのに、勇気を出すことも自信をつけることもできなかった。
恋愛や就職も叶わず、大学卒業後も自己否定やうつ病、孤独のせいで20代と30代の半分をドブに捨てました。
「今の自分ではダメだ」、「生きている価値がない」、「こんな自分では生きていけない」とばかり考えていました。
しかし死ぬ勇気もなく、今日まで生きて死なずにきました。
私が自己否定の概念を知ったのは、ある専門家の「すべての経験にマイナスをかけている」という言葉でした。
完璧でなくても、自分を否定しない人。
私が考える 「自己肯定感が高い人」は、自己否定感よりも自己肯定感が上回っている人のことです。
そして、その人たちと自分の決定的な違いに、ようやく気づけたのです。
このシリーズは、私自身を含めて「自己否定で苦しんでいる人の力になりたい」という想いから書き始めました。 私の経験に基づいた自己否定についての考察が、「生きづらさ」を感じているあなたの役に立てれば幸いです。
注意
経験者としての考察を述べていますが、私は精神医学の専門家ではありません。
生きづらさを抱えていて悩んでいる方は、まずは専門の機関を利用されることをおすすめします。
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1.自己否定とは何か
1.1.自己否定は、人間らしく生きることを阻害する
「自分を否定する」という文字通りの意味では、大したことのない話だと思う人もいるかもしれません。
しかし、自己否定はやがて”自分らしさ”を失わせ、心を病気にさせます。
自信の無さから遠慮したり他人の目を気にするようになると、”普通の人”が当たり前にできている自己主張や自己表現ができなくなります。
「自分には誰かを頼る資格がない」と考えたり、「現状をどうにかしたいのに、どうせ自分には無理だ」と落ち込むようになってしまいます。
「こんな自分じゃ何をやってもムダだ。もう生きていても仕方がない」と思い詰めていた経験から、うつ病や自己否定による劣等感は「死に至る病」だと思いました。
1.2.自己否定は、自己肯定感を育めない原因になる
こうして振り返ることができたのは、2023年末~2024年はじめにかけて、ひどく劣等感に苛まれていたときでした。
自分の置かれた状況から抜け出したくて、自信を持つための方法を漁っても全然手応えがなかった理由を、ある専門家の「すべての体験にマイナスを掛け算している」という言葉を通して納得することができました。
自己否定感の強い人は、人から褒められても、励まされても、「どうせ本心じゃないし」とか「無理して言っているに違いない」とマイナスに受け取ってしまいがちです。
仕事で成功しても「たまたまうまくいっただけ」くらいにしか思わない。すべての体験に「マイナス」を掛け算している状態です。他者から承認されても、成功体験を積み上げても、まったく積み上がらない。ポジティブな言葉を口に出す「アファーメーション」を実践しても、効果が出るはずがありません。
自己肯定感が低すぎてつらい人のための処方箋 「死にたい」と思う人ほどもっと吐き出そう _ リーダーシップ・教養・資格・スキル _ 東洋経済オンライン
自己否定感の強い人は、どれだけ「自己肯定」を重ねても、結果は「マイナス」となる。それが、自己肯定感が高まらない理由です。
インターネットで、悩みを持つ人が「性格を変えたい」とか「自信を持ちたい」と望む様子はよく見かけます。
しかし、そのための努力や成功体験が積み重ならないのが自己否定なのです。
「今の自分では生きていけない。だから変わらないといけない」という日々のプレッシャーが、終わりのない努力・呪いにつながります。
そのため、まず自己否定をやめた方が良いことを伝えたいのが、この記事を書いた理由の一つでもあります。
2.自己否定が引き起こす生きづらさ
2.1.自信を失い、悪循環に陥る
自信を失うことで自己否定しがちですが、染みついた自己否定によって思い込みが強化されても、改善が難しくなります。
「どうにかしたい」と抗う気持ちは捨てていなくても、挑戦するたびに「どうせ無理なんじゃないか」と不安になったり、どうにかやってはみたものの欠点ばかりに目が行って「やっぱりダメだった」という経験を繰り返す悪循環に陥ります。
また、気分の落ち込みや、不安やプレッシャーが強い状況では、心が病みやすくなります。
例えば、私がこれまでに調べたり経験した「名前がついている概念」は以下のものが挙げられます。
- 完璧主義
- 学習性無力感
- 劣等感
- 社会不安障害
- うつ病
- アダルトチルドレン
- HSP/内向型
心の病は明確に区切ることが難しく、また「鶏と卵」のように「自己否定が先か後か」もわかりません。
そのため、冒頭で専門家を頼るよう言及しました。
2.2.自分を売り込めない

恋愛でもビジネスでも、「自分を売り込めない」、「どうせ受け入れてもらえない」と考えていると、良い結果は望めません。
自分が傷つかないためだけでなく、相手を不快にさせないように自己主張を避けたり、予防線を張りがちです。
また、「収入を得ること」と「就職・雇われること」は必ずしもイコールではありませんが、例えばブロガーや動画配信者、制作物を販売するクリエイターのような「勤めない生き方」すら選べなくなります。
しかし、失敗や否定されることが怖くて完璧主義になると、ものづくりも完成させられません。
”社会のレール”から外れたら、できることは「それでも社会のレールに乗る」か、「社会の価値観に振り回されずに自分で人生を切り拓くか」の2択しかありません。
働けなくて困っているのに、社会には理解されず、就職も自営業もできなかったらどうやって生きていけばいいのでしょうか。
塾の先生が教えてくれたこの書籍も、他の自己啓発本も、「自己肯定感があることが前提」ということに気づくまでずっと「自分には真似できない憧れ」でした。
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2.3.人間不信になる
自分の失敗や権利が「他者から許されていないように感じる」ことも、自己否定によるものです。
社会に適応できずに「自分には価値がない」と思う根拠があるせいで、自分の存在価値や能力を受け入れられなくなってしまいます。
自分自身を過小評価していると対等な関係を築くことが難しくなり、「迷惑だと思われているかもしれない」という不安から友達と疎遠になったり、接し方がわからなくなって当たり障りのないことしか言えなくなります。
私は失敗することと怒られることが怖くて、大学生の定番であるアルバイトなんてできませんでした。
立場が上の人が恐くて、怒られることが嫌いで、自分は謝っても許されないと思っていましたから、そもそも「挑戦すること」を避けていました。
お金とか人脈とか経験とか、それらのメリット・報酬よりも不安が圧倒的に大きかった。
「バイトすらできなかったという劣等感」は今でも私自身を否定する根拠・材料になっています。
実際、仲の良かった大学時代の友人とさえ疎遠になり、「自分が何かを成し遂げないと、話題も、会う理由(資格)も無い」と思ってます。
【関連記事】
(22-雑記) 友人と疎遠になる心理
2.4.”欠点を補う努力”に取り憑かれる
自分より優れた人や”社会の当たり前”と比べて落ち込むようになると、そこから抜け出そうとして”出来ない自分”を変えようとします。
何かしらの長所や特技を持っていたとしても、自分ではそれを認められずに過小評価してしまい、伸ばしたり活かそうと思えなくなるからです。
自己肯定感の高い人が”ありのままの自分”を受け入れている一方で、自己否定をしている人は容姿や能力に自信が持てず、それを補うために時間や労力を費やそうとします。
しかし挫折もしやすく、そして永遠に満足も安心もできないのが自己否定の恐ろしいところです。
趣味だと思っていたものが、「上手くならないと意味がないという義務感からの努力」だと気づいたときはショックで、積み上げてきたものが崩れ去って真っ白な空間に自分ひとりが立ち尽くしているような感覚でした。
楽しさはゼロではないのですが、不安やプレッシャー、義務感の前では「砂漠に落ちた水滴」と同じです。
2.5.考えに余裕がなくなる

やりたいことができないまま心残りだったり、将来(現在)の不安や恐怖から「やらなければならないこと」で頭の中がいっぱいになると、文字通り身動きが取れなくなります。
無気力で動けない。 動けても”やりたいこと”、”やらなければならないこと”は本当に少しずつしか片付かず、しかもそれを独りで行うことになる。
これを、個人的に”頭の中がゴミ屋敷”と表現しました。
いつかは片付け終わるかもしれませんが、他人(家族)や社会はそれを理解してくれません。
他人や社会は「今すぐそれを改善すること」を要求してくるので、それもプレッシャーになって、しかしすぐに大きな変化を起こすこともできないので、ますます焦ってしまいます。
3.自己否定の原因やきっかけ
3.1.育った環境の影響を受ける
大人になっても生きづらさを感じる原因には、幼少期の家庭環境や学校教育があります。
子どもは、勝手におかしくなったりしません。
必ず周囲の影響を受けて性格や価値観を形成していきます。
例えば、”アルコール中毒など問題を抱えている親”による暴力や精神的・性的虐待などが原因で、”大人になっても生きづらさを感じる人”の存在が認められたことで「アダルトチルドレン」という概念が生まれ、その原因や考え方の特徴が認知されています。
(このような家庭環境を「機能不全家族」と呼びます。近年では「毒親」というワードも認知されました。)
「幼少期から親や大人の顔色を伺っていた」とか「見捨てられないように”いい子”でいなければならなかった」、「失敗してはいけない・ルールを守らなければいけない」という支配や抑圧が心を歪め、自分だけでは決断も行動もできない悩みが生きづらさにつながります。
自己否定は、他者の価値観に振り回されている(依存している) とも言えます。
自己肯定感の高い親のもとで育った子どもは、結果的に自己肯定感が高い大人になりやすいでしょう。
その反対も想像に難くありません。
そして、アダルトチルドレンの連鎖は当人が自覚することでしか止まりません。
もし私に子どもがいたら、上から押さえつけるような接し方は絶対にしないと決めていますが、そんな機会はもうないでしょう。
3.2.学校教育に洗脳されていた
日本の学校教育を、私はあまり快く思っていません。
なぜなら、学校の外の世界の広さを知って、押し付けられた価値観が窮屈だと気付いたからです。
学校生活を送っていた当時はそれが当たり前でした。
「マジメであるべき」、「失敗は悪いこと」、「ルールは守る」など、これらは確かに社会で生きる上では大事なことだと思います。
しかし、それは本当に”子どものため”でしょうか。
手のかからない生徒だと、教員が嬉しいのではないでしょうか。
当時マジメくんだった私は、遅刻や授業中に静かにできない不真面目な奴が好きではありませんでしたが、さらに理解できなかったことに「そういう奴のほうが羨ましいと思える経験」をしていたのです。
文化祭のステージはっちゃけたり、異性とつきあうには自己肯定感が必要だなんて、誰も教えてくれなかった。
勉強なんてできなくても、マジメでなくても、「自己肯定感が高いことが人生においてよっぽど大切だ」と教えてほしかった。
小中学生くらいまでは「優しいね」なんて言われることをしていたけど、当時からすでに自己犠牲をしていたので、自信には一切プラスになりませんでした。
また、「マジメだね」と言われたこともありますが、あとから結論づけたのは「マジメとは褒め言葉ではなく、他に取り柄がないつまらない人のことを指す」ということです。
優しさやマジメであることが異性に評価されるのは中学生くらいまで。
高校、大学以降でも洗脳された価値観で”いい子”のままだったから人生経験は如実に差が出た。
大事な10代の時期に成長のチャンスを逃した後悔はずっと引きずっていて、だからこそ社会のレールに乗れなかったと思ってる。
3.3.社会の「こうあるべき」というプレッシャー

この日本社会で生きていて、意識せずにいられないのが「社会で当たり前とされていること」です。
私はそれが恋愛や結婚、就職だと思っていて、それに加えて学歴や収入、見た目の良し悪しも比較されていると思います。
そして、日本社会は『当たり前のこと』ができない人には冷たいと感じます。
時に、社会は無職やひきこもり、うつ病といった生きづらさを、ひとくくりにしているようにも見えますから。
その無理解な様子が、生きづらさを抱えている人にとってはまた自分を追い詰めてしまうのです。
「社会で当たり前のこと」ができない状況は、たとえ誰かから直接批判されなくても、毎日のように自分自身を攻撃して心を蝕みます。
自己肯定感の高い人であれば、他者の価値観には振り回されずに己の人生を生きることができるのですが、「持っていない人」には”針のむしろ”のように心が苦しい状況が続きます。
ちょっとやそっとの努力では覆すことができず、ここまで説明してきたような歪んだ思考や価値観では、なおさら自己否定の材料にしかならないからです。
今の日本社会は精神的にも経済的にも余裕がないからでしょうか。
不安やプレッシャーしかない状況で”完璧であること”を要求されたって、できるワケがないんです。
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まとめ
この記事では、まず生きづらさの正体である「自己否定という苦しい考え方が存在すること」をお伝えしました。
自己否定は、自身の成長を邪魔するだけでなく、人生の可能性を潰してしまう恐ろしさを持っています。
自己否定のせいで周りの人や社会にとっては当たり前な行為ができず、努力が空回りしたり成功体験を積むことが出来ずに悪循環に陥り、生きづらさが長引きます。
この生きづらさは社会には理解されず、それがまた自己否定につながることで精神的にも経済的にも厳しい状況に追いやられることは想像に難くありません。
将来に絶望すると、生きている価値を感じられなくなったり、心を病みやすくなります。
次回予告
このような生きづらさから抜け出すためには、どうすればいいのか。
第2回の記事では、そのためにできる具体的なヒントを考察していきます。
▼次回の記事はこちら。
欠点があっていい。社会を回す人から学んだ「心の余裕」 【自己否定の考察 第2回】
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